昭和42年05月01日 朝の御理解
十六、七年も前の事で御座いましたが、或る時に御心眼に、御結界に大きな、この河豚提灯ですかね、河豚で作った提灯がありますよね、あの河豚提灯が下がっているところを頂いた事がありました。御理解に有難く頂けば天下の珍味であり、無類の味わいのものであるという意味の事を。けれども、ひとつ間違うたら、命にも係る事にもなるぞという事を、御理解に頂いたんです。
ま、危ない金光様の御信心、いっちょ間違うたら、命を取られると云う事はですね、それをひっくり返して考えますと、無い命でも、助けて頂けるという事なんです。ですから、まあいうなら聞いて下さっておるやら、聞いて下さっていないやら、分からない様な信心では、信心の値打ちはないという事なんですよ。本当はね、信心はしておっても、こうして神様を拝みよるから、佛様を何時も拝みよるから。
何時か幸せな事があるじゃろうといって、何時も同じとこにあると言う様な事であっては、私は動かない電車に乗っておる様なものだと思う。自己満足自分を唯まぎらしたり自分を一時的な安心に腰掛けている様なもの。成程その生きた電車に動いておる電車に乗れば所謂神様の願いというか、私共の願いというものがひとつになって願いに向かって進行しておると言う様な私は信心でなからなければ本当な事ではないと思うですね。
そうでしょうが、それは金光様の信心は皆んなそういう風にあるかというと、そうでもない所もあるのですよ。生き生きとしたおかげを頂いて、生き生きとした又反対にお気付も頂けると、そこんところを私は神様は一つ間違うたから一辺に命を取る。ま、私共人間、厳密に言うたら間違いばっかりなんですけども、そこんところを詫びて参りましたり、又改まって参りましたり、又気付させて頂き。
そこん所を改めさして頂くと云う事で御座いますから。けれどもいくら繰り返し繰り返しお気付をしてもお気付をしても気付かない時、私は矢張り命に係る事になるのぞと云う事にもなるのじゃないかと思うですね。ですから確かにお道の信心はこちらの信心が愈々、本当なものなって参れば参ります程一分一厘の間違いの無い狂いの無いおかげというか、働きというものを身にも心にも形の上にも感じ頂いていけれる教えである。
お道の信心は丁度河豚の様な物で、それこそ天下一品の珍味の様な味わいのものである。けれどもそれを間違うておこたると云う事。例えば河豚のお刺身を頂こうというのに、簡単な料理の仕方をしておる。水洗いもようせんで頂くならルーズな事をするから、命に係る様な事にもなるのですからね、あの河豚の料理というのは除くものは除き、そして水洗いさえすれば絶対あたらないもんだと言われております。
水も一匹の河豚に何斗ですかね。の水を使わなければならないと言うほどに、水洗いを完全に完璧にしなければいけません。同時にこれだけは取り除かなければならないところがあります。それを取り除きもせず水洗いもようせずして頂く様な、いわゆる天下一品の珍味を頂こうというても、それは無理な事。お道の信心においても同じ事。神様の働きは素晴らしい。例えばこの御造営の場合なんかもそうです。
流石に神様じゃなあと、信心の無い者でも言うたり思うたりする程のおかげを頂ける。言うなら誰でも頂けるかというと、そんな訳にはいかんと私が、取り除くものも取り除かず、言うならば改まる事もよう改まらず、洗い上げるのも洗い上げない。研く事も努めずに。所謂、水洗いも怠たり、除くものも除かないでおったんでは、天下一品の珍味と言う様な珍味の、その味わいのある信心には触れられないと思う。
そうでしょうが皆さん、そのおかげの所だけに憧れたって詰らん。その憧れに向かって一歩一歩近付かして頂く。そこにです、例えば一分一厘間違いのない、働きを様々な場合にでも頂いていけれるという事、よく善導寺の原さんが言われます様に、もう先生恐れ入ってしまいます、と。まとまった沢山なお金が要る時には、まとまったお金が要る様にちゃぁんとなんとはなしにお繰り合わせを下さる。
と言うて毎日そんなに、よゆうがある訳ではない。あら、今月は空と言うた様な事も、ままあるけれども、かというて一辺でもお互いが家族中の者が、一辺でも腹を干すと言う様な事もなし。小さく要る時には小さく、大きく要る時には大きく、神様が働いて下さっておる。そういう一分一厘間違いない神様を、頂いておると云う事が有り難いんだと。その信心がいよいよ成長し。
その信心が愈々大きく育てられていく時に、それは大きな意味合いにおいての、一分一厘の間違いのない、働きを頂けれると云う事になるのですね。私共もそうでしたしかし私思いますね、これは余談ですけども、昨日おとといお参りになった。これは縁という事の不思議さにおどろいてしまうんですけどもね。私は何時も話を致します様に福岡の長浜町現在はあすこへ市民会館ですかね、それに図書館がでけております。
あのへんに長浜町の一丁目、私がお商売をしておる時に私の家があの近所にあった。家と言っても名ばかりの家。所謂戦災住宅で御座います戦災住宅というよりもそうですね、焼けトタンを五枚も六枚もあぁして屋根を作ると言う様な家で御座います。よう汽車の上から見ますね。所謂ほっ建て小屋なんです言うならばそれでも矢張り八畳、四畳半それに炊事場が付いて便所が付いて風呂場が付いてと言う様な家で御座いました。
私は、或る時に春吉の教会にお参りさして頂いとった。あすこは月の五日が、私が行ってお話をする日であった。お話を済まさして頂いてから、皆さんが帰られた後に、最後の御祈念をさして頂きよりましたら、丁度ここの御結界に来てから、もうそれこそ泣きながらお届けをしている御婦人があった。話を聞いておりますとですね、親子八人の者が、今日から住む家がないと言われておる。
家を追い立てられてしまって。今日から寝る所がないんだと。ただ大変なご主人は西鉄に勤められておる。奥さんは中々その、やり手ですね。所謂、色んな事に手を出して、それが失敗してから見事に、もう家も家財道具も取られてしまったという。その日のお届けの事であった。私は、それを後から聞かして頂きよってですね、自分方はまあだ十畳、正確には十畳位ありましたでしょう。
十畳の一間があるし、四畳半があるし、そんときは私共は、家族の者は椛目において。私共三人が福岡に行っとりましたから、四畳半の方、物置に使っとりました。こちらの方自分が使って、例えば、一時でも置いてあげたら助かられるだろうと思うて、お届けが終わった時に、その方を呼んで、私が申しました。もう今日から行く所がない、泊まる所がないと言いよんなさるが、私の方がこうやって空いとるから。
ま、中途腰掛けのだけでも、よいなら今晩からでもいらっしゃいませんか。もうそれっこそ地獄に仏とはこの事かと言うて泣いて喜ばれました。石橋さんという方でした。私は思うんですね。そう言う様な私の修業中の話を私が致しましたり、そういう事を聞いて頂いとってもですね、ほんなこっちゃろうかと言うてようしかしあんな時分に、あんな事がでけておったんだなあと思うんです。
それこそ今から考えて見ると人が助かりさえすればという精神なんですね。帰って家内にその事を申しましたら、家内もそれに反対する事もなくその晩から早速もう子供さんが六人、夫婦親子八人でやってみえられました。その方が石橋さんなんですその方のですね、隣におるというお婆さんがですね、昨日一昨日参って来たんです。そしてある難儀な事を是は大橋の病院の娘さんで大変難儀な、問題を抱えておられるですから、
その方を是非連れて来るからというて、二三日前に参って来て昨日一昨日参って来ました。それをですね、大橋の病院で私が、私がというのは久富先生の事ですが、南方に行く前に大変懇意にしておったお医者さんがあったが、そこも名前がそげん言いよったが、そこじゃなかろうかと言いよんなさったです。ここへ参ってみえて久富先生が奉仕しとられたんですよ。そしたら確かに幼な顔が残っとった。
あなたは大橋の○○さんという人の娘さんですか。そうですほんならあなたのお父さんと私はそれこそ兄弟の様にしておったと言う様な人が( ? )参って来た。久富先生にとってもそうであり私にとってもそうである。その石橋さんという人が導いて、大坪さんはこうやって修業しよんなさったが、椛目という所で大変御比礼を頂いて、現在では風の便りで聞いて合楽に御造営があった事を聞いておられる訳です。
それでどうでも、その石橋さんという人を連れて来るというて、どうでしょう。私が、もし嘘でも皆さんに聞いておったら、話して聞いてもろとったら、もう先生、すらごつばっかりむごう言わしゃっると云う事になって来るでしょうね。けれども石橋さんが言われたそうです。とても大坪さんの修業ちいうのは、もう私でなからにゃ知らん、とても口や言葉で言われるこっちゃない。
隣となり同志ちいうか部屋をひとつ隔てて向うにおったんですから、勿論私が居った部屋には畳も敷いてなかった。そちらの方は( ? )が敷いてあったですけども、屋根はスレート瓦で拭いてあった。雨が、そんな時に少し漏りよりました。石橋さんのご主人というのが、漏りよるけん、私が上がってから直してあげましょう、ち言うてから上がって直して貰ったのはよかったけれどスレート瓦だもんですから。
上がって却って踏み割ってしもうて御座る。却って漏る様になったと云う事があったんですがね。そういう仲の人が参ってまいりましたんです。余談になりましたけれどもね、縁の不思議さという事ですよね。ただ縁が不思議だというのではなくてです、例えば夫婦の縁とか親子の縁とか、もうこれは大変な縁なんですよね。ですから、その縁が本当に有難い事に生きていかねばいけんのですよ。
あぁたと夫婦になっておってよかった。親と呼ばれ子と呼ばれる事は、もう大変な縁なのだ。袖すり合うも多少の縁というが、そう言う様な縁がです、そういう有難い事に生きて来る所のおかげになって来るので御座いますから。私今日申します様に、一分一厘間違いのない働きの中に、おかげを蒙っていかなければ、そういう縁がね、所謂、徒縁になる、逆縁になる。ただ縁は異なものと云う事になったんじゃ詰らん。
縁はいよいよ味なものになっていく、おかげを頂く為に。今日私が申します、一分一厘間違いのない働きを、自分の心にも、形の上にも現していけれる、おかげを頂かねばならない。一分一厘の間違いのない働きを頂かして頂けれると云う事は、ひっくりがえして言うたら又一分一厘間違いのない働きをもって、お気付があると云う事である。私ゃ何々様信心しよります何々教の信心しよりますというてもね。
その信心致しておりましても何時も同じとこにあると言った様な、もし信心であるとするならお気付け一つ頂けない信心であるとするなら、おかげもそりゃいい加減なものである事が分かります。唯、自分がこの電車に乗っておるんだ、信心しておるんだ、という自己満足だけがある様な信心では詰らん。自分達の頂いとる信心は確かに、自分の目的に向かって進んでいるんだ。
神様の願いの元に自分の信心はそこに向かって進んでいるのだ、動いておる電車に乗っているんだ。必ずこの目的地に着くんだと、いう体験を頂かして頂きながら、電車に乗っておればずぅっと車窓から見える窓から見える景色が、変わっていくでしょう。何時も同じ景色しか見えないとするなら、その電車は動いていないのですよ。もう日々刻々、私共は変わった神様の働きの中に動いておる。
信心の中に生きた信心の中に私共があるという事。そこんところを私は、いわゆる、私はそこの石橋さんと一緒に生活しておった、修業中の時分に頂いた御理解です。御結界にこういう大きな河豚提灯が下がっておる御理解に、お道の信心は有難う頂けば、天下一品の珍味じゃけれども、ひとつ間違うと、命に係る様な事にもなるぞと、言う様な信心ですから、河豚を食べる時に、水洗いを怠るという事がです。
いわゆるたいまん無礼な信心ではいけないと云う事。それは難しい事かと言うと、それは河豚の料理を一通り覚えさして貰うて、水洗いをこんなにしなければならないもんだと、ここんところを取り除かして頂かして、頂かなければならないのだと分かれば、そんなに難しい事ではない。はあ金光様の信心しよりゃ、命を取られるごたるかもしれんというても、無茶苦茶に、命取られるというのじゃないのです。
誰しも私共一辺は死ぬると云う事は、是は生きておると云う事実がある以上、死ぬると云う事も又事実だからね。けれどもない命でも助けて頂けれる時に、助けて頂けないと云う事なんです。お気付にお気付を重ねて頂きよっても、取り除くものも取り除かない、改まろうともしないという、私は、信心ではいけない。それを例えをもって、私は椛目でも本当に、あんたばっかりはおかげの落すばいと見よって御覧。
あんた必ずおかげ落すよと、何時も言われる人がです。私が言う通りおかげを落して来た事実がありますけれど。是は言うならその人の言わば霊様に切り刻みする様な事ですから申しませんけれど、皆さんがよう考えておられれば分かるのです。あんた、そげんこつ、そげな事しよったら、それは絶対おかげ落すよと。それを先生あげん言いなさるけど位な事で、誤魔化しておったんではおかげにならんです。
もう出来んでも、それに本気で取り組まなけりゃいけんですね。取り組んでおれば何とはなしに、かわい気が付くもんです。改まろう改まろうと、一生懸命取り組んでいる、けれども中々改まる事がでけませんと言うて、詫びていきよる姿というものに、神様はいちいちお気付下さるもんじゃありません。私は今朝方お夢を頂きよった。ある先生か何か会合があってるんですね。そして私が今度お道の教師のおかげを頂いた。
丁度合楽の御造営もでけた。あれやら是やらが、それこそ一分一厘働きの元に、ここがこうあって、こうなって来た。その話を誰かが説明をしておったら、ある先生がですね、まるきり合楽の先生の場合は、まるきり超人のごたる見事な計画をしたもんじゃあるとも、皮肉を交えて言われるんですよ。いかにも、私が計画して来て、こうして来た様に、とうとう一年間、御本部に修業も行かんで、とうとう金光様の先生にならしゃったと、言う様な意味を含めて言われるんですね。
成程一分一厘間違いのない働きというものはですね、本当に狂言したごたある。計画したごたる。しかし人間の計画というもんは、そんなに見事にいくもんじゃありません。私は黙って聞きよったけども申しました。お夢の中で一分一厘の間違いのない神様を頂いておるので御座いますから、もし私のこういう在り方を言わば色眼鏡をもって見たり、疑うて見たりしたら、私は計画をしてそうしたごとあろうけれどもです。
それをひとつ所謂お道の信心を持って見たらです。金光様の信心ちゃ素晴らしいもんだ、誰でもああいうおかげが頂けるんだと云う事になるのじゃないですか、と言うたら甘木の今の先生がですそうですもんね、家の先代なんかずうっとそういう一分一厘間違いのない働きを受け続けられた方ですもんね、と言われた所を頂いたんですね。それからそのタイミングの素晴らしさという事には只恐れ入ってしまう驚いてしまうのです。
椛目の方達が十何年間、どうぞ私がお道の教師になられる事を、教会になられる事を祈り願い続けてこられたけれども、是ばっかりは願うても願うても何遍御本部に、言わばお百度参りを致しましても許されるものではなかったんです。どうして是だけおかげ受けられんじゃろうかと。皆んな思う位でした。所がこういう大きな意味合いにおいての、一分一厘の間違いのない働きを頂く為の是であったという事が分かります。
私は、例えば五年前に十年前に道の教師になっとったら、おそらく椛目での教会でしょうね。それ以来、桧の香のぷんぷんする様な見事な御広前の教会長として教師の資格を与え様とする働きが十何年間かかっておった。その十何年間の事の間であってもです、実を言うたら神様の働きというものは一分一厘の間違いのない働きをもって、それがとうとう時計の針が指し示す様に間違いのない働きが、そういう神様の天地の運行と申しますね、天地の動きなんです。
の様に間違いのない働きの中にあったんだという事が分かります。私、昨日そのお夢の事を頂いてから今朝の御理解を皆さん聞いて貰っとるんです、皆さん一分一厘間違いのない働きの頂けれる神様ですから、昨日の朝からの御理解の様に神様の思い、神様の心を分からして貰うて、その心に添い奉らして頂いてこうとする精進をなしていかなければなりません、見事な、言わば一日を素晴らしい、タイミングの中に神様の働きちゃ有難いという事を、体験するという事は、それはその事だけではない。
もっともっと垢抜けした。もっともっと大きな意味合いにおいての、素晴らしいタイミングの頂けれる、おかげが頂けれるのがもっと信心が大きくなれば、豊かになれば、美しゅうなれば、おかげも豊かに、美しゅうなっていくのだと云う事になのですから、日々小は小なりに間違いのない神様の働きを心の中に感じさせて貰えれる信心をです、頂いていかなければならないと思うですね。
どうぞ。